コンバーティブル・エクイティという新しい資金調達方法が流行の兆しをみせています。資金調達方法としては耳にするようになってきましたが、実務で関わるベンチャーも資金の出し手もまだ少なく、情報が不足しているように思います。
おそらく、ここにたどり着いた事業会社の投資担当、あるいはベンチャーキャピタリストの方々も、この手法で資金調達をしようとする企業から説明を受けるものの、なんとなくの雰囲気でその場はスルーしがちになっているのではないでしょうか。少なくとも2022年というタイミングにおいては。
なぜならば資金調達をするベンチャー企業自身がちゃんと理解していないですし、投資家も「まあ潜在株式かな…」くらいの感覚でとらえてしまい、簡単なものと思い込んでしまうから、もしくは分からな過ぎて知った風を装ってしまうから、お互いによく分からないまま進んでいる側面があるよう思えます。
実際のところ、コンバーティブル・エクイティこの手法で資金調達しようというのはシード期の企業が多いという話ですので、そんなタイミングで経営者が完全に理解ができているかと言うと微妙でしょうし、未だにほとんど事例がないため関係者は未経験者、もしくは初心者だらけなのです。
わたしも最初は、このコンバーティブル・エクイティとは何なのか、説明を聞いてもあまり理解ができていませんでした…。いろいろ調べては見るものの知識だけでは身に付きません。実務で関わっていくなかで、資産としてどう評価するのかなども含め、専門家を交えていくことでようやく一定の理解ができるところまで来たように思います。
ただし、それでも理解は完全ではありません。払い込みは済んでも、実際に株式への転換を経験していないこと、そして会計処理が現時点(2022年4月時点)では会計基準がないために、どう評価されるのかが分からないからです。
とはいえ、「結局のところよく分からん…」となって、うやむやの状態でお金を払い込むなんてことにならないようにしなければなりません。たったの一度の経験ですが、そこで得た知見を整理しまとめて、みなさんのお役に立てて頂ければと思います。
コンバーティブル・エクイティとは?
コンバーティブル・エクイティ(convertible equity)とは、将来の資金調達ラウンドで、契約に基づき株式に転換される有償新株予約権による資金調達方法です。スタートアップ・ベンチャーの資金調達方法として、特にシードラウンドなど創業初期の資金調達で用いらることが増えています。新株予約権付社債から社債部分を取り払ったものと考えて差し支えありません。
ちなみに、有償新株予約権以外にも「みなし優先株式方式」というものもありますが、この記事では有償新株予約権型を取り上げます。
経済産業省の資料(「コンバーティブル投資手段」活用ガイドライン)によれば、日本ではまだ認知度が低いものの、アメリカではシード期の資金調達の50%がコンバーチブルエクイティを活用しているそうです。
コンバーティブル・エクイティ登場の背景
コンバーティブル・エクイティが登場した背景には、スタートアップ、特に創業して間もないシード期の企業価値評価が困難なため、不適切な株価を設定してしまい、企業にとっても投資家にとってもよろしくない状態に陥ってしまうことがあるために設計されました。
また、近年では新型コロナウイルスやロシア・ウクライナ醸成など、グローバルで経済が不安定化しています。投資家が資金を出しにくくなったこともあり、投資実行までの期間が延びた結果、資金難となるベンチャーも増加。さらに、一部では不当に安い株価で投資するような案件もみられたようです。
こうした諸問題を背景に、2020年以降に日本でも急速に流行り始めたようです。
コンバーティブル・エクイティの特徴
コンバーティブル・エクイティの大きな特徴として、経済産業省では以下の3点にまとめられています。
- 企業価値の評価を先延ばしにすることできる
- 手続きが簡単で、迅速に資金調達ができる
- 転換条件を自由に設計でき柔軟なインセンティブ設計ができる
これらについて、一つずつ見ていきましょう。
企業価値の先延ばし
創業間もないシード期のスタートアップの場合、企業価値を適正に評価することは極めて難しいものです。多くの場合は、何らかのロジック(おそらくはマルチプル)をもって企業価値を評価しますが、もし顧客が存在しない段階で出資するとしたらその企業価値は妄想でしかありません。
そのリスクを回避するため、次のラウンド時に(適格資金調達という)に評価された株価を基準にして、コンバーティブルエクイティでの資金調達ラウンド時点の企業価値が評価され、ようやく株価と取得株式数が決定します。
迅速な資金調達
ベンチャーからすると、資金調達は時間との勝負になるので、手続きが簡易にこしたことはありません。マイノリティ出資でも簡易的とはいえ企業価値の評価のためにDD(デューデリジェンス)はしますので、お互いに時間的コストがかかってしまいます。
コンバーティブル投資手段は、企業価値の評価を先送りにできるので、そのラウンドでバリュエーションをするプロセスを飛ばすことができます。また、500Startupsが作成したJ-KISSのひな形が公開されており、転換条件を特殊にしなければ、投資契約書はシンプルな内容で済みます。
アメリカでシード期に「コンバーティブル・ノート」や「コンバーティブル・エクイティ」という投資手段が活発に行われるのは、こうした早急に資金供給ができるブリッジファイナンスとしての役割が大きいからです。特にシード期は資金もすぐに枯渇します。資金調達にかける時間的コストをかけたくないために重宝されています。
さらに言えば、シードラウンドで外部資本が入っていないベンチャーの場合は、株主総会などを行う必要がないこともメリットと言えます。
柔軟なインセンティブ設計
コンバーティブル・エクイティ(CE)によって、ベンチャー企業に資金を供給しようとする投資家が、次のラウンドよりも先に投資をしたにも関わらず、よりインセンティブを得られない状況は、可能な限りあってはならない状況です。
そのため、転換価格にディスカントやバリュエーションキャップを設けることとなります。このあたりの条件は予約権を発行するベンチャー側が設計することができます。もちろんCEを購入する企業が1社であれば、協議をしながら設計することもできるでしょう。
株式への転換条件
株式への転換条件は、それぞれの案件ごとに設計されているので、細かい条件は契約次第ですが、大きくは「ディスカウント」と「バリュエーションキャップ」2つのポイントが存在します。
基本的には株価を先送りすることができる代わりに、あとから出資する投資家よりも、先行して投資をした投資家にメリットが発生するよう設計されています。しかし、目標通りにいかないことももちろんありますので、最低転換価格が設定されていたりします。
基本的には株価を先送りすることができる代わりに、あとから出資する投資家よりも、先行して投資をした投資家にメリットが発生するよう設計されています。しかし、目標通りにいかないことももちろんありますので、最低転換価格が設定されていたりします。
株式に転換できる時期
投資契約書にて条件が設定されますが、次に企業評価をするタイミング、すなわち次回の資金調達ラウンドにて、適格資金調達がなされたタイミングに権利行使ができます。
ここでいう適格資金調達とは、コンバーティブル・エクイティで目標期限までに、目標とする資金調達額を調達することです。
目標期限までに資金調達ができなかった場合は、最低転換価格が設定されているはずなので、その価格で権利行使ができるなどの条件が設定されています。
ディスカウント条件
転換時点で評価された企業価値をもとに一株当たりの価格が算定されます(ベンチャーも既存株主もバリューアップしたいので、株価ありきで算定する場ことのほうが多いですが…)。コンバーティブルエクイティは、この価格を割引した価格で株式を取得することができます。
今のところ、10~20%がディスカウントの目安のようです。
バリュエーションキャップ条件
バリュエーションキャップという名称そのままですが、適格資金調達が行われたものの、想定以上に企業のバリュエーションになってしまった場合の転換条件です。先行して出資した投資家がより大きなメリットを享受できるよう、転換される際のバリュエーションに上限(キャップ)を設けることです。
例えば、適格資金調達(次回のラウンド)で想定していた株式保有比率が1.0%だったのに、新規発行株式数が多くなってしまうとバリュエーションは大きくなるけど保有比率が低くなります。また、一株当たりの価格が想定以上に大きくなった場合、ディスカウントが10%だったら、先行して払い込んだ投資家がリスクを取ったのに莫大なリターンを得られません。
キャップは高めに設定されていることが多いかと思いますが、投資家側のリスクを減らせるように見えるのがコンバーティブル・エクイティの特徴です。
その他① 最低転換価格
権利を行使できる条件を満たさなかった場合などは、最低転換価格が設定されていて、その価格で株式に転換されます。
ほとんどの場合は、前回のラウンドで評価された株価が設定されているはずです。
その他② ダウンラウンドの場合
最低転換価格があるからといって、取得時の株価は必ずその最低転換価格になるかとそうでもありません。資金調達はダウンラウンドとなる場合もあり、その際にも取得価額の転換条件が最低転換価格に捉われないよう設定されている場合があります。
投資家としては10~20%のディスカウントという、捉えようによっては大きな得にならない条件の代わりに、もしもダウンラウンドになった場合は、そのときの株価で転換ができるよう設計されているのが望ましいでしょう。
その他③ 特殊なインセンティブ条件
経済産業省の資料によれば、あるコンバーティブル・エクイティの事例では、協業の進捗に応じた株式転換を条件にしているそうです。その詳細な転換条件は不明ですが、価格に影響するのか行使タイミングの話なのか気になるところです。
コンバーティブル・ノートとの違い
経済産業省では「コンバーティブル投資手段」についてガイドラインをまとめています。その1つの手段が「コンバーティブル・エクイティ」で、もう1つが「コンバーティブル・ノート」です。その違いは以下の通りです。
●コンバーティブルノート
・ベンチャーのBS上、負債として計上される
・負債なので満期や金利がある
・暗黙には実務レベルでは返済が求められないが、実際には返済を求めることができる
●コンバーティブルエクイティ
・ベンチャーのBS上、資本として計上される
・負債ではないので満期や金利がない
いずれも将来、株式に転換できますが、コンバーティブルノートは負債扱いになるために、不都合が生じることがありました(負債なので返済義務がある、負債計上されるので、
コンバーティブル・ノートは、将来に株式転換できる
が用いられる実務が発展してきました。「コンバーティブル・ノート」とは、将来的に株式に転換する約束が付された負債証書であり、日本法の下での新株予約権付社債に近い証券です。発行時点において、将来の株式への転換の条件や計算式は定めるものの、実際に転換される株式数自体を定めないことから、その時点では、前提となる企業価値を厳密に評価する必要はありません。そのため、株式よりも迅速かつ簡易に資金調達ができる手法として発展してきました。
もっとも、コンバーティブル・ノートは、形式上は負債にあたります。満期や金利が定められ、満期までに株式への転換条件を満たさない場合には、元本や金利の支払義務を果たさなければなりません。スタートアップのための制度であるという趣旨から、実際には返済を求めないという実務慣行が米国(特に西海岸)で確立していたものの、コンバーティブル・ノートが負債であることには変わりはなく、実際には返済が求められるケースもありました。また、バランスシートに負債として計上されることから、金融機関や新規投資家などの第三者が審査を行う際に不利に扱われるリスクもありました。
日本におけるコンバーティブル・エクイティ
普及状況
コンバーティブル・エクイティは、海外ではスタートアップの初期段階での資金調達手段として一般的に利用されています。日本でも、2010年代後半からその存在が知られるようになり、多くのベンチャーキャピタルやエンジェル投資家がこの手法を活用し始めています。
J-KISS型新株予約権を中心に普及
J-KISSとは、500 Startups Japan(現在のコーラルキャピタル)が公開している、コンバーティブルエクイティの契約書の雛型です。基本的にコンバーティブル・エクイティのJ-KISSがベースになっています。J-KISSは、日本の法律環境に合わせてデザインされた、シンプルな契約書を基にした資金調達手法です。
コンバーティブル・エクイティについて、日本で一番詳しいのがコーラルキャピタルさんなので、整備された情報はそちらをご確認ください。
●コーラルキャピタルさんのJ-KISS関連情報
J-KISS(雛型や手続書類一式がダウンロードできるページです)
J-KISSの仕組み(J-KISSを説明したページです)
J-KISS普及の背景
J-KISSの普及背景には、日本独自の法律や税制の問題が影響しています。従来、日本のスタートアップは、新株予約権を利用した資金調達が主流でしたが、J-KISSの導入により、より柔軟で効率的な資金調達が可能となりました。また、J-KISSの普及には、日本の主要なベンチャーキャピタルや法律事務所の支援も大きい。彼らの協力により、J-KISSは日本のスタートアップエコシステムにおいて、新たな資金調達のスタンダードとして定着してきました。
日本の法律の制約
日本の会社法や金融商品取引法には、コンバーティブル・エクイティに関する明確な規定が存在しないため、従来のコンバーティブル・ノートのような形式がそのまま適用されることが難しい状況でした。J-KISSは、新株予約権という形式を取ることで、日本の法律環境に合わせた資金調達方法として設計され、多くの投資契約の参考にされています。
税制上の問題
従来のコンバーティブル・ノートは、日本の税制上、借入金として扱われる可能性があり、これによりスタートアップが不利益を被る場合が考えられていました。特に、借入金として認識されると、将来的に株式に変換された際の税務処理が複雑となる恐れがあり、普及が進まなかったのですが、J-KISSは、この問題を回避するための仕組みとして開発されました。
疑問点
怪しい資金調達ではないのか?
新しい資金調達なので、騙す気まんまんなんじゃないか…そんな風に怪しいとみておくことは重要です。ですが、実際に投資例が出てきているので、投資手段としては怪しむ必要は全くありません。不安なようであればすでに比較的大きな資金調達(金額は分かりませんが)でプレスリリースがありましたので、ご覧ください。
しかし、新しい投資手段であること、ベンチャーとの会話のなかで投資手法について十分な知識のないまま話が進んでしまうのは大変危険です。
投資手法として流行り出しているとはいえ、性質上、条件設定が自由に設計できるため、その転換条件についてはリーガルチェックや監査法人も交えてしっかり確認行い、理解・納得は必ずさせましょう。
わたしの場合、ベンチャーから「今回はコンバーティブル・エクイティという資金調達方法です」と聞いたとき、それが当たり前に行われている資金調達方法なのか分からず、なんとなく受け流してしまったんですよね。
すっかり潜在株かなーだと思いこんでいたら、途中で「株式に転換できる有償の新株予約権」でしかないことに気が付きました。つまりどのくらいの株式を取得するのか行使タイミングにならないと分からないということです。
転換の際に落とし穴があるとしたら、あくまでも「転換できる権利」を手にするためにお金を払い込むので、予約権の権利行使時の払込金額がかかるという点。もし悪さをしようという企業がいたら、このとき必要な金額を1円ではなく不当に高い金額で設定しているかもしれません。
コンバーティブルエクイティの会計処理は?
コンバーティブル・エクイティは有償新株予約権であるため、BS上は「投資有価証券」として計上されることになるでしょう。
問題なのは、簿価上でこのコンバーティブル・エクイティの「有償新株予約権」をいくらで計上すればいいのかという点です。また、四半期ごとに評価額を算定するのか、1年が締まったタイミングで評価をするのか。どういうルールで減損をするのか…
答えは、現時点では存在しません。なぜなら会計基準が未整備だからです。
調達側の手段としては確かに存在しているものの、出資側の会計基準はなく、いわば見切り発車的に出資がなされている状況です。そのため、各投資家はそれぞれの監査法人などと話し合った末に、各社ごとの判断で会計処理をしていると考えられます。
可能性としては以下のような処理が考えられますのでご参考ください。
・四半期ごとに、コンバーティブルエクイティを購入した事業計画の進捗と照らし合わせ、もし計画未達であればその分を減損処理する
・適格資金調達時点にて、資本政策で予定していた株価に満たなかった場合、その分を減損処理する
・IPOが前提でCEの条件が設計されている場合は、IPOできない(あるいはしない)と判断した時点で価値をゼロとして一括で減損する
ただし、今後会計基準が正しく決まったとすれば、そのルールに従わなければなりません。いくつかの想定をしておきながらBSへのインパクトを把握して投資実行するべきでしょう。
コンバーティブル・エクイティのまとめ
コンバーティブル・エクイティはまだ日本国内においては事例が少なすぎるのが現状です。これからインセンティブ条件なども多様なものが生まれていくものと思われます。
とはいえ、まだ会計基準が整備されていないため、思いもよらなかったタイミングで減損処理をしなければいけないことも念頭にいれていく必要がありそうです。
アップデートがあれば、この記事を更新していこうと思います。
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